こんにちは、ディオニーの前田一成です。2025年5月下旬、約10日間にわたってオーストリアとドイツの造り手を訪問してきました。
その旅の中で、未来の地球環境に配慮した新たな農業の取り組みや工夫を目の当たりにし、大きな衝撃を受けました。
今回は、オーストリアで出会った造り手たちの実例とそこから感じたことをレポートとしてお届けします。

ミヒャエル・ギンドルが広げる“農業の輪”

まずご紹介するのは、ヴァインフィアテル地方の「ミヒャエル・ギンドル」です。

▲彼の代表的なワイン「リトル・ブテオ」

ギンドル家は、他の多くのオーストリアの農家と同様に、ワイン造りにとどまらず、穀物の栽培や家畜の飼育、さらには林業までも手がけており、その多角的な営みはなんと1807年から続いているといいます。また、2016年にはビオディナミの認証である「デメテール」を取得しています。

▲ミヒャエル・ギンドル

オーストリアでは、オーガニックやビオディナミによる栽培を行う造り手が多く見られます。彼らの多くは、土壌を踏み固めてしまう大型トラクターよりも、土にやさしい小型の軽量トラクターや馬を使って耕すことを好みます。

ミヒャエル・ギンドルは自身の畑を馬で耕す傍ら、畑で働けるように育てた馬を周囲の造り手たちに販売しています。

彼は「馬を販売すること自体は大して儲かるわけではないけれど、周りの同じ志を持つ仲間たちもこの農法を続けていけるよう支えたいんだ」と語ります。

これは単なる馬の取引ではなく、土を大切にする農業の輪を広げる活動そのものだと感じました。


気候変動で収量が左右される中、ブドウ栽培とワイン生産に加えてこうしたサステナブルな“副業”を持つことは、非常に優れたリスクヘッジであり、志とビジネスが両立する一つの好例だと強く思いました。


ベルンハルト・リストのもうひとつの顔

次に紹介するのは、ブルゲンラント地方ライタベルクにある「リスト」です。

▲リストの「ミニマリスト」


当主のベルンハルト・リストは、ブドウ栽培の専門学校を卒業後の2003年に両親から家業を引き継ぎ、自身の代からオーガニックに転換しました。


▲ベルンハルト・リストと妻のテレーザ

もともとこの家系では、ワイナリーだけでなく、養豚業やホイリゲ(ワイン酒場)も代々営んできたそうです。現在はベルンハルトが当主として、先代の両親、弟とともに家業を引き継いでいます。


そんな話を聞いていた矢先、現地に到着すると真っ先に案内されたのは、なんとパン工房でした。
リスト家は、ブドウ畑の畝間に植えた小麦を収穫し、自ら製粉してパンを焼いています。
「パン作りはどこで学んだのか」と尋ねると、「YouTubeだよ」との答え。いかにも現代的で柔軟な姿勢だと感じました。

そうして生まれたパンは、ウィーン市内で販売されるやいなや話題となり、ベルンハルトは「今ではワイナリーよりもパン屋として知られているよ」と、本気とも冗談とも取れる笑顔で話してくれました。

▲パン工房 YouTubeで学んだにしては設備投資しっかりしている

実際、パンの人気が高まりすぎて自家栽培の小麦だけでは足りず、知人のビオディナミで育てた小麦も使用しているそうです。その供給元が、私たちが取り扱っているワインの造り手「マインクラング」だと聞いて、その繋がりに思わず驚いてしまいました。

▲これはウィーンでバズるわ!

その後、畑も案内していただきました。そこには、小麦とともにリンゴやサクランボなどの果樹が植えられ、畑の一角には蜂の巣箱も設置されており、蜂蜜も生産しているとのことでした。これこそが、最近よく耳にする「生物多様性」に富んだ畑のかたちなのだと実感しました。

こうした多様な取り組みについて理由を尋ねると、次のように語ってくれました。

「子どもたちの世代のために、持続可能なかたちでワイン造りを続けていきたい。できる限りナチュラルな方法で、パン作りや養豚、ホイリゲの運営などに取り組むことで、気候変動による収量の増減といったリスクを分散し、持続可能な経営が可能になると思っているんだ。」

▲生物多様性を重視したブドウ畑と畝間に植えた小麦

▲畑の隅に置かれた蜂の巣箱 蜂蜜を作りワイナリーで販売している

そして何より驚かされたのは、これだけの幅広い営みを、ほぼ家族だけでこなしているということです。
自然と共に生き、多様な事業を手がけながら、それを支える家族の労力と結束には、ただただ頭が下がる思いでした。

ユーディト・ベックの“人”への配慮

最後にご紹介するのは、ノイジードラーゼーでビオディナミを実践する「ユーディト・ベック」です。

▲ユーディト・ベックで人気のトラミーナーとSO2無添加で造るノイブルガー・バンブル

ここは長年ビオディナミを続けており、現在22haもの畑を所有する、ナチュラルワインの造り手としては比較的広い規模を持つワイナリーです。規模が大きい分、当然ながら従業員も雇用しており、日々の畑作業は彼らの力によって支えられています。

▲ユーディト・ベック

ノイジードラーゼーは、ハンガリーの国境から車で15分ほどという立地にあり、実際に従業員の多くはハンガリーから通ってきているとのこと。30分ほどかけて毎日通勤しているそうです。

ユーディト・ベックの畑で見た一台の車は、まさに革命的な存在でした。

▲「どう?これ便利でしょ?この椅子をスライドさせながら農作業するのよ。腰を痛めるようなかがんだ作業もこれで幾分マシになるの」と笑顔で語るユーディト

車に座ったまま横にスライドすることで、腰をかがめずに畝間の作業ができるという仕組みになっており、これは作業者にとって圧倒的に身体への負担が少なく、労働環境の改善に直結するものだと感じました。

というのも、私も2011年の収穫期にフランスのルーションからアルザスまで収穫前線を北上しながら、約5か月間にわたり畑作業を経験しました。ブドウの房が腰をかがめないと届かない位置にあるため、背中から腰にかけて大きな負担を感じた記憶があり、ブドウ栽培の現場は本当に過酷な労働だと身をもって知りました。あの時にこの車があればと…

気候変動や土壌への配慮だけでなく、「人が働く環境」にも意識を向けるという姿勢。これは持続可能な農業を志す上で見逃せない要素であり、私たちも考えるべき視点だと感じました。


この旅はドイツへ続きます

今回初めてオーストリアを訪れ、いくつもの畑を歩きながら、土や空気、造り手たちの言葉からたくさんの刺激を受けました。
年に一度は訪れるフランスではあまり見かけなかった生物多様性や、働く人たちへの配慮の工夫に触れ、「農業のあり方」そのものの広がりを感じた旅でした。

まだまだ紹介したい造り手もたくさんいますし、ドイツでもまた別の視点から多くの学びがありました。
次回のレポートでは、そんなドイツで感じた“未来への農業”についても綴っていきたいと思います。
どうぞ引き続きお楽しみに。

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