マルク テンペとディオニーとの付き合いは、ついに15年目に突入します。その間、私は、アルザスで、日本で、何度も取材をさせていただきました。最初の頃は、ブドウ畑で、ワイン蔵で、何か特徴的なものはないかとしっかと観察し、さらにマルクの言葉から変化を感じ取ろうと、必死でした。ですから、掘り下げの質問攻めでマルクを困らせてばかり。ですが、あるとき、気付きます。マルクは、笑顔で話してくれるときの方が、いろんな引き出しから話をしてくれると。それは、ブドウ畑を案内するときの車のなかでの会話、もしくは畑を見下ろすマンブールの丘でつぶやくひと言、そんな言葉にこそ本音が見えました。そうやって築き深めた友好関係。15年という歳月を経て、今、マルクが本音を語るインタビューです。
― 60歳は人生の節目、日本では還暦というのですが、62歳になられて、どのような心境ですか?
マルク(以下 M):この年齢になり、原点回帰を考えてますね。ワイン造りの仕事に就き、経験から培ってきたもの、築いてきたものがあります。私自身、基本に立ち返り、このエスプリを、次世代へ伝道していきたいという気持ちが強くなりました。「事業承継」を真剣に考える年齢ということですよね。私のドメーヌの歴史を繋げていくことは、本当に素晴らしいことだと思います。それにともなって、2019年には、ドメーヌの社長を妻アンヌ マリーに交代する予定です。だからといって、すぐに一線を退くということではありませんよ…(笑)
― 年齢を重ねても、エネルギッシュですね。では、ワイン造りでの新たな挑戦は?
M:そうですね、まずは質の追求。上級キュヴェだけでなく、全体的なクオリティの底上げを図りたいですね。アルザスでは伝統的にフードル(大樽)を用いて、発酵やシュール リー熟成(澱の上に寝かしておく)を行います。もちろん、アルザスの白ブドウ品種の熟成、繊細な風味を出すのにフードルは適しています。ですが、これまでも上級キュヴェに関しては、ブルゴーニュの木樽を好んで取り入れてきたんです。で、ゆっくりと澱の上でワインを寝かせて熟成させる、そのときにワインに呼吸をさせることが重要なんです。私の場合、熟成期間が約2年と長いため、ブルゴーニュ樽が理想的と考えています。ですから、ブルゴーニュの木樽の数を増やして、全キュヴェのクオリティ向上を計ります。
― では、「ドメーヌ マルク テンペ」のワイン造りの原点とは、何ですか?
M:原点と聞かれれば、やはりビオディナミ農法の追求です。93年からビオロジック、96年からビオディナミ農法に取り組んでいますが、良いワインは、いかに良いブドウを作るか、これに尽きるんです。素晴らしいブドウを作るための、土壌作りと環境作りを一年を通して行うことで、テロワールを引き出す。テロワールを引き出すための最適な手段がビオディナミ農法です。この農法は、料理のレシピのようなものではなく、とても時間がかかるものです。ブドウそのものだけでなく、周囲の環境を観て判断することも多いですからね。この年齢になっても、まだまだ学ぶところが多いですよ。
― 新キュヴェ『リクヴィル アンヌ』のブドウ畑のことを教えてください。
M:私の本拠地ツェレンベルグ村から西へ2kmほど離れたリクヴィール村に「ラ ターブル デュ グルメ」というレストランがあるんですが、その店のソムリエールは、ビオディナミのワインへの理解や造詣が深い人なんです。で、一緒にワインの試飲をしたり、互いに情報交換をする、昔からの知人です。『リクヴィル アンヌ』は、彼女の家族の所有畑を借りて造り始めたワインで、一つの単一畑(リュー ディ)に植わっている、ピノグリとリースリングの2品種を混醸しています。
借り畑で造るワインには、同じく単一畑のシュポーレンのゲヴュルツトラミネール、シュナンブールのリースリングがありますが、『リクヴィル アンヌ』と同じタイミングで『 ゲヴュルツトラミネール シュポーレン』を(リリース後、即完売)、そして『リースリング シュナンブール』は、これからリリースの予定ですので、ワインの到着を楽しみにお待ちください。2014年から、これらのブドウ畑の栽培にも携わっています。
― 新キュヴェ『ピノブラン プリーゲル』この畑には、物語があると伺ったのですが…。
M:プリーゲルは、私にとって縁の深い場所なんです。シゴルスハイムとキンツァイムの間にあるのが、プリーゲルです。じつは、私はシゴルスハイム生まれなんですよ。第二次世界大戦中の1945年、フランスとアメリカの連合国軍とドイツ軍との間でコルマールの戦いがありました。この辺りは不運にも大きな戦禍を受けた結果、破壊され、しばらくの間、廃墟となったんです。仮設住宅しかなかったプリーゲルで、産声をあげたのが私です。その仮設住宅が撤去されたあと、アルザス人たちはブドウ畑の復興を始めました。父は、プリーゲルのなにもない野原に、ピノブランのブドウ樹を植えました。1960年代のことです。この畑のピノブランは、これまで収量の問題で一つのキュヴェにできず、ツェレンベルグとしてリリースしてきました。ですが、プリーゲルの歴史の記憶を残すもの、そして父へのオマージュを捧げるワインとして、2015年からは単一畑で仕込むことにしたんです。
― 父へのオマージュ、それはマルクの歴史が刻まれたワインともいえますね。特級畑「フルシュタンチュム」もリリースされましたが、どのような特徴ですか?
M:マンブールと同じ尾根にある区画が特級畑「フルシュタンチュム」です。小さな谷底にあるのが特級畑シュロスベルグで、そこを基点に尾根の延長線上にある区画が「フルシュタンチュム」になります。シュロスベルグは、風がよく通りますが、その風が少し届く位置にある畑です。この土壌は、砂岩が含まれた粘土石灰なので、軽い土なんです。かつ、風がタッチする涼しい区画ですから、マンブールのように横に広がる印象でなはく、縦に伸びる、奥に深いワインに仕上がります。現在、リリースされている12年は、貴腐菌が付着したことで、ブドウの水分が蒸発し、味わいに集中力が出ました。ですから、このヴィンテージは涼しい畑の特徴よりも、貴腐による香りや味わいがとても感じられる年です。蜂蜜やバラ、ライチの香りは、貴腐によるものですよ。