2009年の現地取材レポートは、オスピス(慈善施療院)・ド・ソミュールが所有する「クロ・クリスタル」です。19世紀に造られたクロ(石塀)に囲まれる畑は、長い歴史だけでなく、ワイン造りの系譜までも継承しているように感じられます。このドメーヌに新たな息吹をそそぎ、二人三脚でワイン造りに取り組むのは、デュボワ夫妻。「クロ・クリスタル」のワインには、2人の誠実で実直な人柄が投影されています。彼らのワイン造りに対するビジョン、そしてワインの魅力に迫ります。
― 荘厳なクロ(石塀)に囲まれた畑ですね。
セリーヌ(以下 S):全長約3kmのクロに囲まれているんですよ。畑の歴史は、1886年にソミュール出身のアントワンヌ・クリスタルがロワールの土着品種を栽培したことに始まります。アントワンヌは、ブルゴーニュからインスピレーションを受けて、クロに囲まれた畑を作り、ワイン造りに情熱を注ぎました。そして1928年、彼の遺産としてオスピス・ド・ソミュールに寄贈されたのです。その後、カベルネ・フランが植えられました。
― それにしても、素晴らしいですね。畑のなかにも並行してクロがありますが、これは稀有ではないですか。
S:そう、ユニークでしょ。ここの畑の象徴とも言えるのがクロです。クロは、畑の温度調整に一役かっていて、太陽の暖かい熱を保つ効果があるのです。畑のなかのクロには、それに沿う形で葡萄が植わっていますが、クロを挟んで北側に根が、そして南側に枝やツルが元気に伸びているのをご覧いただけますよね。クロの北側は、一日中、日陰になっているので、太陽を求める葡萄の樹がクロの穴を通って南に向かって成長しているのです。クロが太陽の熱を吸収するので、クロに沿う葡萄は成長や熟成も早いのです。
― 今(6月下旬)、畑で行っているのはどのような仕事ですか。
エリック(以下 E):今は、葡萄の剪定をしています。伸びすぎてしまった若枝を刈り込むことで、葡萄の樹のバランスを調整するという、非常に大切な仕事なのです。若枝が空に向かって成長するときのエネルギーは、葡萄の実も太らせてしまう。だから、エネルギー過剰にならないように成長制限をするというのが目的です。それと同時期に、余分な梢(若枝)をひとつひとつ切り落とす作業も行います。さらに、葡萄を実らせる新梢(シュート)を鉄線に巻き付けて誘引し、保護するアコラージュという仕事もあります。これは手作業で行うために、大変重労働で手間が掛かる仕事です。6月は、葡萄の成長にあわせて畑の仕事を正確なタイミングでこなしていかなくてはならないのです。
― 葡萄栽培についての考え方を教えていただけませんか。
E:畑の除草などは、一切行ないません。自然環境にできるだけ介入しないというのが、よい葡萄を造るためにベストな方法だと思っているからです。少し前までは、害虫駆除にも効果のあるカルガモ農法を取り入れていましたが、キツネに食べられてしまいました。今は、ニワトリを放し飼いしていますが、試行錯誤を重ねている段階と言えます。葡萄を栽培する環境・自然のなかで動物を飼いならすメリットがまだ明確にできていないということもあるけれど、今は、なぜこうなるのかというプロセスから、良い結果を生み出そうとしています。
― なるほど。では、ワイン造りの過程で一番大切にしていることは、何ですか?
E:一番重要だと思うのは、絶対的に畑の仕事です。畑の仕事は、一年を通して途絶えることはないけれど、春から夏にかけての作業が収穫量や品質を左右するのです。結果となってワインに現れる基礎をひとつひとつ重ねているということかな。最近では、収量制限をして品質向上を目指す生産者もたくさんいるけど、僕は葡萄の味わいこそ全てだと思っています。