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自然派ワインの生みの親、故ジュール・ショーヴェ氏の再来とも囁かれ、哲学やエスプリを引き継ぐシリル・アロンソのワインは、テロワールを表現するおいしい自然派ワイン。

シリル・アロンソのプロフィール
自然派ワイン醸造家。様々な経験を経て、現在では、知る人ぞ知るフランスでも有名な醸造家となる。もちろん、数々の賞の受賞やワイン誌での掲載は言うまでもない。醸造家の命ともいえるブドウの入手には、ブドウ栽培家との親密な関係を築くなど、栽培する以上の神経を注ぐ。自然派ワインの父と言われるマルセル・ラピエールとの親交も深い。
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インタビュアープロフィール
バブルの落とし子。ブランド志向の20代を過ごし、30代半ばにして本当の心の豊かさを求め、シンプルライフに目覚める。モノを見極める審美眼は周囲からの評価も高く、数多くの執筆を手掛ける。おいしいものへの追求も人並み以上なのだが、アルコールが得意でないため、ワインには量より質を求める。好きなワインのタイプは、ヴァン・ナチュレルの白。映画会社、レコード会社、出版社などを経て、WEB・モバイルプランナー、エディター、ライターとして活躍中。2012年1月にオープンした自然派ワイン専門店『pcoeur(ピクール)』のプロデューサーを担当し、現在、オーナー兼店主を務める。
 
【編集・執筆】池田 あゆ美|オフィス アイダブリュー
// Office AIW // オフィス アイダブリュー

ワインは生きていると語るシリル・アロンソの造る自然派ワインは、ヴァン・ナチュレル。ビオで栽培した健全なブドウを使い、醸造の過程でも自生酵母のみで発酵し、芳醇なワインを造り出す。

シリル・アロンソが考える自然派ワインとは

桜の開花宣言とともに、日本に上陸した自然派ワインの造り手、シリル・アロンソ。ブルゴーニュ・自然派ワインの造り手として、彗星のごとく現れたアロンソは、自然派ワインを造るために生まれてきたと言っても過言ではないくらい恵まれた環境に育ち、自然派の父と呼ばれるジュール・ショヴェの哲学やエスプリを引き継ぎ、真摯にワイン造りに取り組んでいます。今回は、3月27日 (木)東京で行われたシリル・アロンソのセミナーの様子を、クラブ・パッション・デュ・ヴァン代表伊藤與志男氏の通訳と解説付きでお届け致します。

伊藤(以下 I):皆さん、こんにちは。伊藤與志男です。今年の3月2日、僕は南仏モンペリエ市近郊、グランドモットの浜辺にいたのですが、そこでは、海水浴をしている風景を目前にしました。3月ですよ。さすがに驚きましたね。つまり、それくらい暑いんです。猛暑で大勢の犠牲者を出した、2003年のフランスの記憶が甦りました。ワインに携わる僕としては、この地球の異常気象を真剣に考えなければならないと思っています。地球の大地からの恵みを頂いている者としては、地球に対してもっと謙虚に畏敬の念を払い、大事にしなければならない時期にきています。次の世代にこの地球を残すためにも、考えておくべき課題と言えます。そのようなことも頭において、シリル・アロンソの話を聞いていただけると嬉しいです。

ブルゴーニュの天才的自然派ワインの造り手シリル・アロンソ。

アロンソ(以下 A):皆さん、こんにちは。シリル・アロンソです。本日は、お越しいただき、有り難うございます。私は、38歳で、3人の娘がいます。隣に座っているのが、私の妻キャリンヌです。私は、ほかの自然派の生産者と違った、ちょっと変わった経験を積んできています。
まず最初に、モンペリエの大学でワイン醸造を、そしてボーヌでエノローグの資格を取得しました。その後は、ソムリエとしていくつかのレストランで経験を積み、ブドウの栽培などを経験してきました。そのあと、妻とどのようにワインに携わっていこうか話し合い、今のスタイルに辿りついた訳です。
自然派ワイン、ヴァン・ナチュレルを造るにあたって、どのような勉強をしたかと言いますと、ブドウの栽培については、スイスのジュネーブで17品種の栽培を経験しました。次に、ジュネーブに程近いジュラとサヴォワ地方の間に位置するビュジェで醸造に携わります。このビュジェという地は、冬が大変厳しい地域なんですが、地品種であるアルテッスやモンドゥース品種でヴァン・ナチュレルを造りました。ここでの経験は、醸造過程においての大切なことを学ぶことができました。そのなかの一つに、清潔感を保つことの重要性を学びました。ジャック・ネオポールやフィリップ・パカレに付き、自然派ワインについて勉強をしました。
今は、妻とともに、『ドメーヌ・ド・ランセストラ』をマコンとボージョレの間のロマネシュ・トラン村に構えました。ここは、「最後のマコネ、最初のボジョレー」と呼ばれる地です。なぜ、この地なのかと言いますと、私のワインの基本となる品種のシャルドネとガメイ両方が手に入る地だったからです。私のやっているネゴシアンは、ほかの人と一線を画すスタイルです。
最初は、畑を買おうと、いろいろと奔走しました。マコン、マコン・シャントレ、フルーリー、ピュイ・フィッセ……など、とても高くて買えないと思いました。そんなときにふと頭に浮かんだのが、私の師である故ジュール・ショヴェのスタイルです。彼は、ワインの研究家でもあり、ネゴシアンでした。彼がやっていたスタイルで自分たちもやってみようじゃないかと考えたのです。ほかのネゴシアンとの大きな違いは、大量生産をしないということです。各醸造元に入って、そこの樽もしくは、畑を借りて、多くても3000本、少ない場合は、たった300本というものもあります。私は、ヴァン・ナチュレルのオートクチュールと言っています。

I:補足説明をしますと、皆さんは、誰でも思い浮かぶスタイルなんじゃないかと思われるかもしれませんが、実際、これは非常に難しい。普通の人には、出来ない技です。それは、なぜかと言いますと、醸造元とかなり深い人間関係がないと出来ない仕事なんです。
ヴァン・ナチュレルの造り手は、強烈な思想と独特な性格を持っている人が多いんです。ですので、この畑でブドウを造らせて欲しいとか、樽を譲ってくれと言っても、そう簡単には譲ってくれない。
彼の人格や、彼を取り巻く環境、そして自然派ワインを手掛けてきた造り手たちの協力があってこそ、成り立つ形なのではないでしょうか。本当にユニークなスタイルだと思います。

ヴァン・ナチュレル(自然派ワイン)とビオワインとの違いを熱心に語るシリル・アロンソ。

A:ブドウの栽培においての条件は、100%ビオまたはビオディナミ、もしくはナチュレルであることです。つまり、化学物質や除草剤を一切使用していないこと。そして、できれば馬で耕しているのが理想です。何よりも大切なことは、収穫日は私自身が決め、自分たちの手で収穫するということです。
それでは、これからヴァン・ナチュレルとビオワインの違いについてお話したいと思います。
ビオというのは、公式の認定協会があり、栽培については様々な規定があり、それをクリアしたものが、ビオワインとなります。醸造においては、とくに細かな規定はありません。私の考えるヴァン・ナチュレルというのは、ビオで栽培した健全なブドウを使って、さらに醸造の過程でも、自分たちが定めた規定をクリアしたもの……それがヴァン・ナチュレルなのです。ヴァン・ナチュレルのワインについてお話ししておきたいのは、毎年違う味わいになるということです。
2005年は、太陽の燦々と輝く年でした。2006年は、太陽の少ない年で、どちらかというと、繊細な、あるいは酸ののった味わいになります。これを、技術を使って、無理に味わいをあわせるようなことはしません。それが、ヴァン・ナチュレルだからです。醸造の過程で大切なことは、何をおいても自然酵母を使うということです。そして、何も足さない……それは、酸化防止剤を入れない。そして、瓶詰め前の清澄、ろ過をしないということです。フィルターをかけることによって、20%のアロマ(※Aroma:アロマとはワインの香りの一部で、ブドウそのものからもたらされるもの)が消えてしまう。フィルターをかけずに、自然の澱を残すのは、全てが自然のものであるから……、それが、ヴァン・ナチュレルです。
酸化防止剤(SO2)についての、私の考え方ですが、健全なブドウが採れれば、酸化防止剤の必要はないと思います。とくにアルコール発酵前は、自然酵母の働きを重要視しますので、添加するようなことはしません。最後の瓶詰め前に、キュヴェ毎に試飲と分析をして、少し空気に触れさせた方が良いと思うモノについては、空気に触れさせます。その段階でそのキュヴェのポテンシャルを見極め、ポテンシャルの高いものについては酸化防止剤を一切入れません。
ただし、原料のブドウが少し痛んでいたと思われるものや、あるいは分析結果でポテンシャルが少し低いという数値が出たキュヴェについては、極微量10mgから15mg、多くても20mgの酸化防止剤を添加します。私の心得の一つとして、マコンやボージョレの古いブドウの樹を守りたいという想いがあります。今、この地域では、古いブドウの樹が続々と引き抜かれているんです。私が昨年から手掛けている畑は、1929年に植えられたガメイの樹が植わっています。ここの畑からは、10hlから20hlしか採れないのですが、それらの樹を国宝級のモノだと尊重しています。
ヴァン・ナチュレルの保管方法についてよく聞かれますので、ご説明します。酸化防止剤無添加のモノについては、14℃程度で保管して下さい。実は、無添加のヴァン・ナチュレルでも、15・20mgのSO2をワインが造り出しているんです。15・20mgのSO2を添加してあるワインについては、16℃から18℃で保管されることをオススメします。
次に、ヴァン・ナチュレルのサービスについてです。これが、一番ヴァン・ナチュレルを扱う皆さんにとって重要であり、大切なことではないでしょうか。季節や気圧の変化、そして月の満ち欠けなど、日によって違う表情を見せるヴァン・ナチュレル。そのヴァン・ナチュレルの変化を楽しみながら、おいしくサービスするためのヒントをお話ししましょう。
できるだけ、ワインをカラフに移し替えてサービスして下さい。その理由は、SO2を入れない造りをするということは、空気に触れさせないために酸欠状態になり、還元香がしたり、微発泡がおこる場合もあります。カラフに移し替えることにより、酸素に触れさせることで還元香は消えてなくなり、またガスも抜けていきます。

I:ヴァン・ナチュレルのワインを開けてすぐに、還元香がする、臭いからと、諦めないで下さい。これは、ワインが酸素を欲している状態なんだと思って、酸素を与えてみて下さい。ワインも人間と同じです。様子を見ながら、扱っていただけると有り難いです。

A:私が行っているヴァン・ナチュレルの造り・思想というのは、新しいことではありません。昔の農家は、ブドウだけを栽培してワインだけを造っていたというのは意外と少なかったんです。
ブドウや果実を栽培したり、家畜を育てたり、ハチミツを作ったりというような農作業の一環としてワイン造りをしていたというのが多かったようです。その頃は、全てのワインが自然派の造りで、テロワールが表現されていました。私たちがやっているのは、昔行っていたことを再現しているにすぎません。
違うことといえば、現代化学を使って分析をすることができます。糖度の分析を行い、どれくらいアルコール発酵が進んでいるか、そして清潔さの重要性などを認識することができるのです。現代化学の良い部分は利用して、なおかつ栽培は昔ながらの造りというのが自然派ワインであって、決して宗教的な世界ではないのです。
あとは、食事との合わせ方についてですが、自然派ワインは食事にも合わせやすいのが特徴です。それは、第一に心地よく身体に沁みわたり、非常に飲みやすい。そして、第二に素材、新鮮な野菜、魚介や肉類などの旨味を高めてくれる存在だからです。新樽を使った樽香の非常に強いワインや濃縮されたワインは、素材の旨味を殺してしまうと言っても過言ではありません。
自然派ワインは、第一アロマであるブドウ由来の果実の香りがまず前面にでて、次第にテロワールの香りが出てきます。ですから、料理を隠すような性格は持っていません。