― 前回のリリースで「オー リューシリーズ」が紹介されましたね。「オー リュー」とは?
M:アルザスには、現在51のグランクリュが制定されています。より優れたテロワールと認められた小区画が「リュー ディ」と呼ばれています。認められた4つのブドウ品種のいずれかを使用し、その区画で収穫されたブドウから造られたワインに「グラン クリュ」を記載することが認められていることは、ご存知ですよね。アルザスの特級畑の認定は、私もI.N.A.O.(フランス原産地呼称国立研究所)に勤めていたときに関わっていました。ですから、それらの特級畑を頂点と考えた場合、その最良の区画に続くものという位置づけ、それが「オー リュー」です。
― なるほど。「プルミエ クリュ」の位置づけということですね。では、その基準は?
M:基準ですか? ルールを決めるのは、私ですよ(笑)土壌組成の質の良い区画と自分が認めた畑のワインに「オー リュー」と銘打ちました。先程も話しましたが、11年間勤めたI.N.A.O.では、生産者の醸造コンサルタント、そしてアルザスのグランクリュ制定を任されるほど、多様な土壌組成や地質を知り尽くしていると自負しています。具体的に説明をすると、ブドウ畑の方角と地形、地質の種類、気候要因を総合的にみて、優れていること、かつそのテロワールの特徴が現れていると判断した区画です。畑の傾斜や方向も大切ですよね。ここ最近は、アルザスの「プルミエ クリュ」制定に向けて、ほかの生産者も動きだしていますが、10年、15年後には実現するんじゃないかと思っています。でもその時代には、もう次の世代へバトンを繋げている頃だと思いますが…。
「オー リュー」のワインは、自分基準と話しましたが、値しないと思う仕上がりのワインには「オー リュー」とは名付けません。自分のブランドを傷付けるようなことはしない、その場合は村名として、リリースする予定です。
― では「オー リュー」の一つ、「ビュルグレーベン」の区画について教えてください。
M:「ビュルグレーベン」は、ツェレンベルグ村のなかにある、優れた区画です。東斜面の畑で、より冷涼感を感じます。地球の温暖化の影響もあって、リースリングに関しては、より涼しさを求めないといけないと感じます。北風も通る涼しい小区画、それが「ビュルグレーベン」です。
― 現行は15年ですが、次回のリリースは溯って14年と伺いました。ヴィンテージの比較をお願いします。
M:2015年は、フランス全土で並外れたヴィンテージとして歴史に残ってますよね。最も暑く乾燥したヴィンテージでした。冷涼な土地にも関わらず、ブドウのポテンシャルが高く、残糖を残したまま、発酵が終わりました。ですから、2年間、樽で熟成しました。このヴィンテージは、ブドウの実りも豊かで、フルーティさが特徴です。ですから、マルク テンペ節、全開といえます。
次に入港が予定される2014年は、涼しいヴィンテージです。2015年とのキャラクターの違いを比較すると面白いですね。涼しいヴィンテージを感じていただける、ドライな仕上がり。害虫スズキ(ショウジョウバエ)の被害に侵され、ブドウの収量は激減した年です。私の場合、通常であれば、リースリングでも果皮が茶色く色づくまで、完熟を待つのですが、大事をとって10日ほど、早く収穫しました。完熟を待てば待つほど、リスクが高くなりますから。一方で、収穫日を早めるということは、アルコール度数に影響を与えます。ですから、3年間の樽熟成をしています。熟成期間が長い分、リリースの順序が逆転、15年の方が早いリリースとなりました。14年は、樽熟成による香りがワインにも現れ始めました。そういう意味でも、ブルゴーニュスタイルに近い仕上がりだと思っています。ワインの酒質も綺麗で、ドライな味わいのリースリングは、まるでブルゴーニュのシャルドネのようなドライさがあります。
― 先程、触れていましたが、地球温暖化の影響は、どのようなときに感じますか? 対応策はありますか?
M:2015年のワイン造りで感じたことですが、ワインの糖度、甘味が強くなってきています。幸いにもビオディナミ農法が救いになっていて、糖度だけでなく、酸とミネラルが果実味をしっかりと下支えしていることも感じています。
対策というと、畑に木を植樹することで、影をつくり、結果、冷涼感を与えることに繋げています。それから、畝の間に蕪などの野菜を植えることで、水分の保湿効果を計ります。そして、もう一つ、夏の耕作をやめました。地中の土が表面にでると、太陽が土を焦がしてしまう。それは、微生物の活動にとってあまり宜しくないんです。だから、夏場はより雑草が茂るように、土にカヴァーをかけてあげるような状態にしています。耕作は、秋と冬に行います。それにともない、耕作の仕方も、変えました。数年前までは、深く掘り起こして戻す方法を採っていました。ですが、今は、株と株の間を浅く撫でるような耕し方です。
― 少し話はそれるのですが、いつも感じるのはマルクに強く刻まれた、アルザス人の誇りです。アルザシアンであることは、ワイン造りにも反映されていますか?
M:アルザシアンであること…アルザスは、東側を観ればライン川があって、それは自然の国境のようなものです。そして、西側はヴォージュ山脈に挟まれた、完全に閉鎖的な産地といえます。とはいえ、風習や建物など、ドイツの影響は残っていますよね。フランス人は、戦争に負けた経験からドイツ嫌いともいわれていますが、アルザス地方は、あるときはドイツ領、あるときはフランス領と戦争の歴史に翻弄されてきた、複雑な土地なんですよ。人間もブドウも根、根幹の部分が大切で、必要でしょ。だから、私はアルザス人であることに満足しているし、アルザスのブドウ品種で、アルザスのスタイルのワインを造るということに満足していますよ。生まれ変わっても、アルザスでワインを造りたい。良い気候と良い畑があるのだから…。
― では、最後になりますが、ワインをどのようなシーンで飲んでもらいたいですか?
M:そうですね。シリーズと土壌、二つの観点でお話ししましょうか。「ツェレンベルグ シリーズ」は、粘土石灰の軽い土壌です。ですから、1〜2年の熟成で早めに楽しむのがお勧めですね。「グラン クリュ」や「オー リュー」は、長期熟成向きです。複雑味がありますから、少し寝かせて熟成させるとそれぞれの区画の特徴をさらに感じておいしくお楽しみいただけると思います。グラスで楽しむときもゆっくりと楽しむイメージです。区画でいえば「ビュルグレーベン」より「グラッフェンレーベン」の方が長熟向きです。石灰を多く含む土壌の方が長熟に向いているんです。石灰の量によって、長熟度合いが変わってきますからね。土壌の地質で、長熟期間が変わるというのは、私の30年の経験によるものも大きいんですが…(笑)
造り手からのアドバイスとしては、ワインを酔うためだけに飲むというのは寂しいですね。ワインの楽しみ方として、現在は、ワインの生まれた土地や造り手の違いを想い、楽しみながら飲む。そんな文化や時代になってきていますよね。そのための情報は大切だと、私自身、痛感しています。
シャンパーニュ、ブルゴーニュ、そしてアルザス…良いテロワールは財産です。工業的に造られたワインは、酔うためだけのワインかもしれない。けれど、私のワインのように感情に訴えかけるワイン、それが本当の意味でのワインだと思うし、そうでなくてはいけないのです。それでは、日本の皆さんへ「乾杯!」
― 本日はありがとうございました。
アルザス訪問の旅で、マルクに初めて連れて行ってもらったのは、シゴルスハイムの村を見下ろす展望台で、その丘の斜面は特級畑のマンブールが広がっていました。いくえにも連なる小さな丘にどこまでも続くブドウ畑、その間に小さな村が点在します。あの丘から眺めたシゴルスハイムの村、そこでマルクは生まれました。そして、あの緑の絨毯のようなブドウ畑は、マルクの父や多くのアルザシアンの手で復興された畑だったと知り歴史を振り返ると、胸が熱くなります。アルザスワインの唯一無二の味わい、それは歴史に翻弄されながらも、独自のワインを継承しようとする強い想い、そしてアルザスを愛する人たちの魂が織りなす、美しくも力強い味わいなのです。