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アルザスワインの中心の街コルマール近郊、アムルシュヴィール村にドメーヌを構えるクリスチャン ビネール。ビネール家は、1770年からワイン造りを行う、伝統あるドメーヌです。

クリスチャン ビネールのプロフィール
アルザスワインの中心の街コルマール近郊、アムルシュヴィール村にドメーヌを構えるクリスチャン ビネール。ビネール家は、1770年からワイン造りを行う、伝統あるドメーヌです。農薬や除草剤などの化学薬品を使わない自然な農法でワイン造りを始めたのは、彼の父ジョゼフの代からでした。化学肥料や農薬がもてはやされた時代に一貫して無農薬のブドウ栽培に取り組くんだ父からビネール家の伝統を引き継ぎ、自然と一体になったワイン造りの思想をさらに突き詰めて、ビオディナミ農法に切り替えました。醸造では天然酵母での発酵、SO2もほとんど使用しない造りで凝縮感ある果実味と豊かなアロマのワインを造ります。
インタビュアープロフィール
バブルの落とし子。ブランド志向の20代を過ごし、30代半ばにして本当の心の豊かさを求め、シンプルライフに目覚める。映画会社、レコード会社、出版社などを経て、WEB・モバイルプランナー、エディター、ライターとして活躍中。2012年1月にオープンした自然派ワイン専門店『pcoeur(ピクール)』のプロデューサーを担当し、現在、オーナー兼店主を務める。
 
【編集・執筆】池田 あゆ美|pcoeur(ピクール)
// Office AIW // オフィス アイダブリュー

アルザスワイン=品種ではなく、テロワールを表現する

アルザスワイン=品種ではなく、テロワールを表現する

フランス北東に位置し、ドイツ国境と隣接するアルザス地方。フランスとドイツの文化が交錯するこの地は、フランスのなかでも独特な存在感を放つワイン産地です。そのなかでも、ピュアで圧倒的な果実の凝縮感、あふれんばかりの華やかな香りで魅了するワインの造り手がクリスチャン ビネールです。そのエネルギー溢れるワインは、どのように育まれているのか。新しいカーヴも完成し、つねに挑戦し続けるクリスチャンの生きたワインの秘密に迫ります。

― まず初めに、あなたのドメーヌがあるアルザス地方について教えてください。

クリスチャン(以下 C):フランスの北東、ドイツとの国境近くに位置するのがアルザス地方で、ワイン産地は、ヴォージュ山脈の東側の山麓に位置し、ブドウ畑は南北200kmに細長く横たわるようにあります。
 
この地方の気候は、ヴォージュ山脈によって大西洋の湿った偏西風が遮られるため、とても乾燥しています。フランスのなかでも年間降水量が平均500〜600mmほどともっとも少ない地域です。夏は気温が30℃ほどに達する暑い日が続き、ヴォージュ山脈の斜面にあるブドウ畑は日照量も十分で太陽をしっかり浴びて育ちます。冬は厳しい寒さにみまわれ、夏と冬の寒暖差が激しいため、ブドウの栽培にとても適しているといえます。
 
その特有な気候によって、ブルゴーニュやジュラよりも高緯度で北に位置する産地にもかかわらず、ブドウがゆっくりしっかりと熟して糖度が上がるんです。それがアルザスの特筆すべき点ですね。

― アルザスの気候がワインに個性、果実の凝縮感と酸をもたらしているということですか?

C:そうです。さらにいえば、同じ品種リースリングでも、アルザスの北と南では味わいが違います。また、アルザス地方の土壌は、モザイク模様のように多様ですから、土壌の質によってもニュアンスの違いが現れます。
私のドメーヌは、アルザスのワイン産地の真ん中にあるコルマール近郊、コルマールの北東に位置するアムルシュヴィール村にあります。ビネール家は、この村の周辺に約10ヘクタールのブドウ畑を所有していますが、ほかのアルザスと比べても、日照量が多いんです。ですから、より酸味が丸く、繊細さが感じられる仕上がりになります。

― ブドウ栽培について伺います。あなたがビオディナミ栽培を取り入れたのは、なぜですか?

C:ビネール家は、1770年に端を発し、代々ワイン造りを行ってきた歴史があります。私の父の代から、化学薬品や除草剤を使わない自然な農法で、ワインを造ってきました。私がビオディナミ農法に切り替えたのは、2つの理由があります。
 
ブドウの栽培という側面からお話しすると、ブドウ畑にはブドウの樹だけでなく、鳥や昆虫、微生物や植物などたくさんの種類の生きものがいる。ブドウ畑や周辺にある生物多様性のなかでブドウの樹が育つことで、強くなっていくんです。ほかの生物などと競い合うことによって強くなる、その競争こそが大切なんです。ビオロジックの栽培では、自然と一体となった、その考え方ができません。結果、ブドウ自体が強くなると、急を要したときの対処、例えば病気などが蔓延したときの薬の回数が少なくてすむ、それが1つ目ですね。
 
そして2つ目は、ワインへの影響という観点で、ビオディナミ農法によって、ブドウの根が地中深く延び這えることで、土壌からより多くのミネラル分を吸い上げることができる。ということは、テロワールの多様性をより豊かに表現できる、ということなんです。
 
生きた土壌を作り、その生きた畑で育ったミネラルを吸い取ったブドウから造ると、その土地を表現する豊かな味わいのワインができる。それこそが、テロワールなんですよ。

― ということは、ビオディナミ栽培によって、よりテロワールを表現できると?

C:はい。アルザスワインは、その特徴としてエチケットにブドウ品種を表示します。それは、ほかの産地と違って、品種の特徴さえつかめば、ワインのキャラクターがわかる、判断できるという考えですよね。でも、私は、アルザス=品種が個性というイメージを変えたいんです。リースリングは、引き締まった酸があって、ゲヴェルツトラミネールは、酸が穏やかでやや甘味がある。シルヴァネールは、軽くシンプル…というような、品種の味わいだけの印象のワインというのは、工業的に造られたものなんですよ。
 
たとえば、ブルゴーニュのように畑や区画の特徴、違いがあって、それを実感できるワインが良いと思っています。ですから、私はテロワールを表現するワインを造る。テロワールを表現した豊かな味わいのアルザスワインが、品種だけの個性を反映したワインを越える、そんなワインこそ飲み手の記憶に強く残ると考えています。ですから、私のワインエチケットでは、ブドウ品種の表示は控えめなんですよ(笑)

― 栽培において、重要なことはほかにもありますか?

C:栽培だけでなく醸造においてもすべての過程、工程が大切なので、何か一つを挙げるのは難しいですね。ただ、生きた土地から生きたブドウができて、生きたワインになる。そのビオディナミの思想こそが、本質だと思っていて、生きた自然のなかで、太陽の光によってブドウの果実がしっかり実ること。そして、収穫はしっかり熟したタイミングを見極めること。そうすることで、最良のブドウを得ることができると考えています。
 
だから、ここ最近、危惧していることは、温暖化や異常気象の影響で、ブドウの完熟を待たずして、早く収穫する造り手がいるということなんです。これは、毎年同じブドウを得ようとしていることに繋がります。ナチュラルなワインの造り手のなかにも、早く収穫して酸味を残すという方法がはやっているように見受けられるのですが、私が思うのは、ワインの複雑さは、しっかり熟したブドウでないと表現できない。完熟したブドウにしか、複雑さや旨味は表現できないということなんです。
 
そして、完熟を待たずして収穫したブドウでは、醸造中に不具合が発生しやすい。バランスを崩してしまうんですよね。ワインにも還元香や揮発酸などの問題が起こりやすくなります。